拝啓みなさまへ どうしていますか


例えば、ご飯を食べる。
カフェで洒落おつなランチとか、
おいしいイタリアンのお店だとか、
雰囲気の良い店の和食だとか。

そうゆうのはできればあってほしい条件で。

別に大学生協のカップラーメンでも、アイスでも
すぐそこの牛丼でもハンバーガーでも、

オニオンスープのもと、コンソメ、
ざく切りの玉ねぎにキャベツ、じゃがいも。
いしえちゃんの買ってきてくれた
トマト缶にコーンにウインナー、
そんなものたちを男ふたりが鍋に適当にぶち込んだ謎のスープでも、

私は「おいしい」、と思えるのだ。

そこにあの仲間が、適当に集まっていれば、それですべて
「ウマい!」 と、感じることができる。


この日の桜のお供が、例え、
その辺のチェーンのハンバーガーだったとしても、それは確かにウマかったのだ。



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私の撮るモノクロをみて、そののちにカラーを見る人はどんな気持ちなのだろう。
がっかりするのかな。
あれ?なんか違う。って。

でもそれが違わないんだなあ。


難しい。
言葉を付け加えれば、
どんどんといろんな思い出をくっつけてしまう。
自分のその時の気持ちばかり、塗りこんでしまう。


言葉がなかったら、もっと幻想的なのにね、って。
見る人の自由、奪っちゃダメなのにね、って。



それを教わってから、
しっかりと見せる場では、
少し寡黙になってみたりするけれど、
結局は普通の人間なので、
そんなすごいもんじゃあ、ないのです。

すべてが思い出写真でしかないのです。
で、大体の場合は「それでいい」、と
わりと、思ってるんです。



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今年は、みんなで桜、見れないのかあ…と
地味に、静かに、勝手に一人で落ち込んだ。


けれども、桜なんぞ、
そんなものは声をかけるきっかけや、あとづけの理由に過ぎない。


そこに桜がなくとも、散ってしまった後だろうと、
私の好きな人たちが、
だらっと、いない人もいたりしなかったり、テキトーに、その場に集まっていれば、
そこで食べるものはおいしくなる。



そうゆうやつなもんで。
2013年度も、おひとつ、えみりーを、どどりあさんを、よろしくお願いしますよ。


卒業制作が滞りなく進みますように。
みんなの進路が晴れやかでありますように。